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2010/08
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『広島に原爆を落とす日』<劇後>
『広島に原爆を落とす日』は、
原爆を投下したのは、歴史から一切名前を消された犬子という一人の日本人(実際は在日の朝鮮人)だった。
という思い切った仮説で書かれた舞台でした。

つかさんの作品は台詞が多いと、直前のNHKでの紹介で知り、
耳があまりよくない私は聞き取れるか多少の不安があったのですが、メインの役者さんたちは皆さんとても聞き取りやすく、ストーリーがわからなくなることもありませんでした。
また、場面展開もスマートで混乱することはありませんでした。

舞台はその場で人が演じる熱気や迫力が伝わってくるので、それだけで、深い意味もなく、感動してしまうこともあります。
その要素もありましたw すごい熱気でしたから!

私の中に残ったのは、犬子恨一郎と百合子の愛ではなく、
犬子少佐と彼についていく部下たちの関係でした。
犬子恨一郎は生粋の日本人ではなかったので、日本人の上官から無理やり作戦を立てさせられたり、戦闘の指揮を取らさせられたりします。殴られたり、罵倒されたりしながら。
それでも「日本を愛する」恨一郎は「日本の勝利」を考えた作戦を立て、取りたくもない指揮をとって戦場に赴きます。
彼の部下たちは日本人です。
その彼らは犬子少佐を尊敬し、ついていきます。
なぜなら「(他の)上官はいざとなると『神風が吹く』などと訳のわからないことを言う』」からです。

そう、人種など関係ないのです。
身分など関係ないのです。
ひとりの人間としてのの在り方が問われるのだ、と。

戦況が思わしくなくなり、日本は降伏の方向へ向かわなくてはならなくなった時に、
犬子はヤマトを沈める決心をします。
部下たちに「ヤマトは戦いに行くのではない。」と宣言し、出航。
部下たちも納得してついていきます。

舞台は、観る人それぞれの感じ方や考え方があってしかるべきです。
でも、小心者の私は自分が あっているのか を気にしてしまいます。
当たり、ハズレはないはずなのですが。
きっとつかさんだって、正しいとか正しくないとか言わないはずだと思うのですが。
気になってしまいますw

観終わってから、パンフレットを買いました。
何か 正解 が書いてあるかと思ってw
でもそういうものではなかった。当たり前ですね。
ですが、原子爆弾の詳細を知ることができました。
原子爆弾の投下時の威力や、なぜ長期間にわたって後遺症が出るのかを知らなかった私は改めて怖さを知ったのです。

きっとそういうことでいいのだと、今私は思っています。
興味を失わないこと。
いろいろな角度から考える柔軟さを持つこと。
そして決して忘れないこと。

終戦から65年。
これが100年になろうと。
体験した人がいなくなってしまったとしても。
決して忘れないこと。






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『広島に原爆を落とす日』 <劇前>
「観劇」は私の中ではちょっとした贅沢です。
劇 は LIVE ですからとても魅力的なのですが、なにしろちょっとしたお値段がすることに加えて、
過去に何度か失敗しているのが二の足を踏んでしまう理由です。

さてしかし、この夏は例年になく長い夏休み(1週間!)が設定されました。
長いとはいえ、気を許すとあっという間に過ぎ去ってしまう日数です。
社長と夏休みを決定したその日に「よし、何か劇を見よう」と決め、家から遠すぎない劇場で何か演っていないのかと検索したところ
『広島に原爆を落とす日』
と出会ったのでした。

終戦65年の今年である、ということから題名だけでも即決に近かったのですが
決定打は つかこうへい作品 だということでした。

つかこうへいさんの名前はもちろん知っていましたが、今まで観たことはありませんでした。
いつか観てみたいと漠然と思っていたところに、亡くなってしまったことを新聞で知りました。
そして彼が在日韓国人であったこと、
「つかこうへい」という名前は、漢字の読めない彼の母親のために平仮名書きであったことと
それに込めたのは「いつか 公平」という思いであったことを知りました。

観劇の前に、この作品について何かしらの知識を得てから行こうと思いつつ、
バタバタしているうちに時間が取れず仕舞いで、結局ほぼ何も知らぬまま相対することになりました。
ただ、それでよかったのだと思いました。
何も知らないままの自分が何を感じ取れるのか。

昨日劇を観終わり、劇場を出て歩きつつ、さて自分は何を感じ取れたのだろうかと考え続け、言葉に落ちてこない・・・いやもしかしたら言葉には落とせないかもしれない。
でも何も感じなかったわけでは絶対にないのだから、形(コトバ)にしておくべきだと。
そうでないと、このぶわぁぁぁぁぁっとした大きな見えそうで見えないカンカクは、すぐにジョウハツしてしまって消えてしまうと焦りつつ、とにかく1日置いてみようと思って今日に至ります。
が、やはり明確な形にはまだなっていません。
コトバは文字にしようと苦しまないと出てこないのでしょう。

なので、とにかくキーを打ち始めてみました。
いつものごとく長くなりそうなので<劇前>にしました。
そう。「劇」について語る前に、”戦争””原子爆弾”についても書く必要を感じたからです。

必要というと大げさですね。
私という人間が戦争や原子爆弾にどれくらいの思いがあるのか、ということは劇に感じることと無関係ではないと思ったからです。
日本史も世界史も得意ではなく、自分の両親は終戦ぎりぎりの生まれの世代。
祖父母は戦中に働き盛りのはずでしたが、戦時中の話を聞くこともなく他界してしまいました。
修学旅行で広島、長崎にも行きましたし、小さい頃には戦争の絵本を読んだりもしています。
よく覚えているのは「まちんと」です。トマトが食べたい・・・と言って死んでいった女の子。
反戦運動に参加したことはありませんが、戦争はしないに越したことはないと思っています。
でも、湾岸戦争はTVで見る他の世界のことのように感じていました。
原爆は戦争を終結させる手段だった、というアメリカの主張があると聞けば
「ちょっと待てよ」と思うと同時に「そういうのも仕方ないのかな」と思わないわけでもありません。
でも9.11テロで貿易センタービルのあった場所がGROUND ZERO(爆心地)と呼ばれることには抵抗があります。

グランド・ゼロは【核】の爆心地を指すはずだと思うから。

たかが、と言えば誤解を招きかねませんがあえて言います。
たかが飛行機がつっこんだビルの跡地を指して、グランド・ゼロと表現してくれるな、と!
つっこまれた部分の人は亡くなってしまっただろうし、それは痛ましい事件だったと思う。
けれど、多くの人は非常階段を励ましあいながら下り、命をとりとめることができた。
原子爆弾は、
逃げる暇などなかった。
一瞬にして全てが焼きついた。
影だけを残して、影だけを焼きつかせて、それこそ蒸発してしまった人だっている。
たくさんの人が焼け爛れた苦しさから川に飛び込み、しかしその川も熱湯のようになっていて助かることもなかた。
そして黒い雨が降り、戦後65年が過ぎてもなお後遺症は残っている。

終戦から65年。今まで戦争を語ってこなかった人たちが口を開き始めている。
そのことの意味を、世界の人たちに知って欲しい。
今年の広島にアメリカの駐日大使が参列した。コメントはなかった。
それについて日本国内で様々な意見がある。
アメリカでも様々な意見があるようだ。

私は
アメリカに謝罪をして欲しい、とは強要しない。
まだ客観的には物事を見ることができない世代の気持ちを無理やりねじ伏せることはできないと思うから。
だが、現実に起こったできごとを正視して欲しいと願っている。
過ぎてしまった過去の評価(正しかったか、間違っていたか)を言い争う時間があるのなら、
原爆を投下してしまったという事実

投下したことが引き起こした事実
(それは戦争が終結したという抽象的なことではなく、また何万人が死亡したという数字でもない)
を冷静に見つめて欲しい。
そして、後世に伝えて欲しい。
「これは正しかった」と子供たちに教える必要はない。
正しいかどうかは、事実を元に彼らが考えることなのだから。

終戦から65年。今まで戦争を語ってこなかった人たちが口を開き始めている。
自分たちが伝えなければ伝えられる人間はいないのだと、余命の長さを感じて勇気をもって語り始めている。
核の抑止力、ではなくて
核を抑止、するために。
核兵器を使用することで引き起こされる悲惨さを、身をもって知り苦しみ続けた人たちが語ることによって
核の使用にストップをかける。
日本人にできることは、日本人だけにできることは、これなのでしょう。
声高に過去を責めるのではなく、
使ってはいけない。それは何も解決しない。使用したらその先100年以上を苦しみ続けなくてはならないのだと、
唯一の被爆国である日本人が発信し続けていくことで
核兵器をいつの日にか無くすことができると希望を持つこと。

歴史認識は各国の立場があり、難しい問題ではありますが、
「核兵器」は過去の問題ではありません。
現在、そして未来へもつながっているのです。
普通に生活を送っている、ごく普通の日本人である私たちにできることは
興味を失わず、
他人事と思わず、
自分なりの意思を持つことだと私は思います。

さて『広島に原爆を落とす日』について
コトバにできるのでしょうか。。。
自信がありません―。





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 ちぼ太 & chiboko

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「ちぼ家」に君臨する
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